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higolog

肥後が常日頃考えていることをここで表現します。

肥後のこと。幼少時編。

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幼稚園のとき、僕の体は強くはありあませんでした。

水ぼうそうにもかかりましたし、喘息も患っていました。

 

余談ですが、

小学校以降、僕は異常なくらい健康です。

オカンのDNAが関係していると思いますが、5~6年に1回風邪を引くレベルです。

健康方法は別途ご紹介します。

 

 

親は僕の喘息が治ると考え、僕に水泳を習わせました。

水泳教室の先生が怖くて、練習に行くのが嫌だとよく泣いていました。

 

いつものように泣いていました。

その日は水泳教室に遅刻する時間まで家で泣いて駄々をこねていました。

遅行すれば確実に怒られます。

オカンが先生に一言“遅刻したことを責めないでくれ”というのを条件に

しぶしぶ水泳教室に行くことになりました。

 

オカンが水泳教室から帰るのを見届けた瞬間に、

僕は先生に怒られました(笑)

 

こどもながらに“なんやねんこれ”と思ったのを覚えています。

大人もウソをつくということを経験した瞬間でした。

 

途中からは、水泳教室で知り合った友達の家で一緒に遊んだりするようになり、

泣くこともなく、勝手に僕自身が環境に順応していきました。

 

カーテンからの救出大作戦

 

幼稚園のとき、いつもクラスの隅でカーテンにくるまっていて、

人前に出ないハイパー人見知りの同級生がいました。

彼は自由時間の間はずっとカーテンに隠れていました。

 

ある日、先生がザリガニを教室に持ってきました。

僕を含め、園児たちは喜んで、ザリガニを触ったりして楽しんでいました。

ザリガニは教室中を動き回っていました。

 

カーテンにくるまっている彼も興味深々でした。

 

僕は、彼に近寄り、ザリガニを一緒に見ようといいました。

彼は少しもじもじしていましたが、カーテンから出てきました。

 

衝撃的な展開だったのですが、

カーテンから出た彼は一歩目で床にいたザリガニを踏んでしまいました。

ザリガニは死んでしまいました。

 

クラスの女の子は泣き出し、てんやわんやのデビュー戦となりましたが、

彼はザリガニをきっかけにカーテンから出てみんなと遊ぶようになりました。

 

僕は、彼がカーテンから出てみんなと遊んだ方が楽しいだろう、

という素直な心で行動しました。

 

僕はおせっかい野郎ですが、昔から身近にいる人も一緒に楽しめるようにと

考えて行動していたように思います。

 

ちなみに彼は小学生のときは足も速く、ケンカは最強、超人的なゴールキーパー

水泳でジュニアオリンピックに出るなど、とんでもない身体能力の持ち主でした。

勉学も優秀で浪人を経て京大に入ります。

 

牛乳の時間

 

僕の幼稚園では、週に1回くらい昼前で授業が終わり、

牛乳を飲んで帰る日がありました。

 

僕はとある女の子のことが好きで、

幼稚園でも人目をはばからずに手をつないだりしていました。

 

牛乳の時間には、彼女に抱きかかえながら牛乳を飲ませてもらっていました。

完全に赤ちゃんプレーです、はい。

 

当時が人生で一番日本人っぽくなかったかもしれません。

 

ここでいう日本人っぽくない人とは、

周りの目を気にせず人前で女性とイチャイチャすることを

恥ずかしく思わない人を意味します。

 

あのときは周りを気にしない精神構造が自然でしたが、

今では意識的に周りを気にしないことが必要になった気がします。

 

勘違いしてもらいたくないので、あえていいますが、

僕は日本も日本人も大好きです。