読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

higolog

肥後が常日頃考えていることをここで表現します。

国立大学中退して、アメリカへ留学した話。

 

f:id:higoblog:20161211010628j:plain

大学中退、転職、起業、etc…

人生での岐路はいくつか訪れます。

 

右を選ぶと左を失いますし、左を選ぶと右を失います。

人生というのは、自分で選択し責任を取り納得することが重要です。 

大阪大学時代、僕には結婚したいと思える彼女がいました。

 

 

当時の僕には、「留学中だけ我慢してくれ。留学後結婚しよう。」というセリフは言えませんでした。そのセリフをいう自信がなかったのです。

 

アメリカ留学をすれば、遅かれ早かれ彼女に振られるだろうと考えていました。

 

 

僕には当時から自信がありました。

ですが、その自信はリスクを許容するのが自分だけの場合という、

非常に限定的な自信でした。

 

こんな素敵な女性には今後出会えないだろうと思っていました。

 

そう思える女性に二人も出会えたことは凄くラッキーです。

もう一人は現在の嫁です(笑)

 

自分の野望と彼女。

 

僕は野望を選択しました。

 

僕の考えはこうです。

留学せずにこのまま生活したとしても彼女に振られる可能性はあります。

野望を諦めた者と、野望を叶えた者とでは雲泥の差があります。

いえ、野望を追いかけ挑戦した者とでさえ、雲泥の差があります。

 

何が雲泥の差なのか?

 

それは、自信と誇りです。

 

野望を諦めた僕が、彼女に振られた場合、二度と彼女を取り戻すことはないでしょう。

というより、取り戻す行動、彼女への告白そのものが出来ないでしょう。

なぜなら、それ相応の自信が備わっていないからです。

 

野望を追いかけた場合はどうでしょうか?

彼女に振られるかもしれませんが、今以上の自信と誇りを手に入れた僕であれば、告白するだけの行動は起こせます。

 

行動するための自信があるかないかは本当に重要です。

行動を起こすための勇気とでもいいましょうか。

 

僕は人生の決断を行うとき、誰にも相談しません。

絶対に自分で考えて自分で決断します。

 

自分の人生であるからといえばそうですが、理由はいくつかあります。

 

勝ったときも負けたときも納得したいのです。

 

僕は自分で決めて決断したことでないと疑ってしまうのです。

勝負の後半戦、ギリギリの戦いの最中では特にそうです。

 

余裕があるときは大して気になりませんが、物事がうまく進まないときに余計なことでブレたくないのです。

 

僕の周りの友人で、大阪大学中退を後押しする人は少なかったと思います。

大阪大学を卒業して、留学すればいいのでは?という意見もありました。

 

確かに保険をかけるという意味では卒業するのもありです。

 

人間は置かれる環境によってパフォーマンスが大きく変わる動物であると思います。

背水の陣で臨まないと、自分に甘えると僕は自分自身を分析していました。

 

このタイミングで思い切った勝負に出なかった僕が、

卒業後に勝負するところは想像できませんでした。

また、自分の環境をコントロールすることにより、最大限に頑張れると考えました。

 

表現するのが難しいのですが、直感に従いました。

「大丈夫、いける。」という直感。

 

コツコツと積み重ねた自信による直感です。

休まずに続けた習い事、浪人中も勉強し続けて勝ち得た大学入試、etc...

 

リスク管理は重要ですが、特に若いときは自分の直感のようなものを感じた場合、

直感を優先させるべきだと思います。

多少のリスクなんて勢いでねじ伏せればいいのです。

まぁ、若いときのリスクなんて大したことありませんから。

 

僕は勝負(留学)することを決意しました。

 

少しの意思の差だったと思います。

ただ、この意思が人生を大きく左右する気がします。

時間が経過すればするほど、この差は大きな差となって現れます。

将来最高に笑うためにも、留学先のアメリカでは死ぬほど頑張らなければいけないと思いました。

 

あのとき、僕の前には何となく想像できる70点ぐらいの人生のレールが敷かれていました。

 

1回きりの人生で70点の人生を送るくらいなら、

待ち構えている地獄を乗り越えてでも悔いのない人生を手に入れようと誓いました。

 

鉄よりも強い、鬼の意思です。

 

僕は、鉄よりも強い鬼の意思でアメリカ留学に臨みました。