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肥後が常日頃考えていることをここで表現します。

肥後のこと。小年期編2。

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僕は、幼稚園から水泳をはじめ(小学4年で卒業)、ラグビーと空手も習っていました。

 

水泳もラグビーも空手も自分の意思でスタートしたわけではなく、

気付いたら練習に参加してる感じで始まりました。

親が適当に練習場に連れていったのでしょう。

 

 

僕が小学高低学年の時にJリーグを発足し、サッカーが爆発的な人気を得始める時代です。

僕のまわりには地元のサッカーチームに通っている友達がいました。

大体が、兄貴が通っているから弟も、という流れで通っていたと思います。

僕も友達と朝休み、昼休み、放課後にサッカーをしていました。

 

水、金、土が地元サッカーチームの練習日で、

日曜日は練習試合、もしくは大会(公式戦)でした。

僕の水泳の練習日が水、金で、ラグビーと空手は日曜日の午前中でした。

 

僕もサッカーチームに入りたいなぁ、と漠然と思っていたのですが、

友達からいろんな話を聞くうちに少し不安になることがありました。

 

それは、コーチがとても怖いらしいのです。

 

僕の親の方針で「物事を最後までやりとげる」「一生懸命する」「言い訳をしない」「ウソをつかない」ということを口酸っぱく教わりました。

 

水泳を卒業するのを条件にサッカーチームに入ることを親に伝えました。

小学校3年生の終わりころに卒業しサッカーチームに入りました。

 

サッカーコーチは正真正銘の鬼軍曹でした。

 

サッカーチームに入ると町内にある3つの小学校から少年が集まっていることを知りました。

すごく新鮮な環境でした、僕はサッカー用の服もなく、テニス用の服で練習に行っていました。

 

夕方の5時から練習が始まります。

鬼軍曹は町の役場で働いていて、5時過ぎに原付バイクで練習場に現れます。

 

ガキ大将がそのまま大人になったような人でした。

小学生のときは、鬼軍曹が本当に怖くて、

自分や相手に勝つというより、鬼軍曹に怒られないようにプレーしてました。

 

僕の幼馴染のスケベが僕の1か月後にサッカーチームに入りました。

始めてスケベが練習に参加するとき、スケベは月謝袋を忘れました。

当時、毎月2,000円が入った月謝袋をコーチに手渡し渡していました。

 

スケベが恐る恐る鬼軍曹に月謝袋を忘れたことを告げると、

鬼軍曹から衝撃の発言が飛出しました。

 

鬼軍曹「お前怪我しても保険下りひんからな!!」

スケベ「?!」

 

小学生の僕らは保険の仕組みなどよく分かりませんでしたが、とにかくビビりまくりました。

この話は僕らの地元では鉄板ネタです。

 

 

鬼軍曹たるや

 

試合、練習問わず、気合が入っていないプレーをすると、

試合中であろうと、ハーフタイムであろうと鬼軍曹から怒鳴られます。

ぬるい試合をするとしばかれます。

 

鬼軍曹のいいところは、サッカーチームのどの少年に対しても怒鳴ることです。

弱いやつにだけ怒鳴るタイプではないのです。

対象相手は、こども、おとな関係なしです。

 

僕らのキャプテン、通称“ボス”は県の選抜にも選ばれ、

県の選抜メンバーの中からさらに選抜されるようなプレーヤーでした。

ボスが一番怒られたと思います。

 

鬼軍曹の口癖で「勝ったらチームのおかげや!!負けたらキャプテンのせいや!!」というのがありました。

 

キャプテンは、誰よりも鍛えられたと思います。

PKを自分から蹴られへん奴なんざ、サッカーなんてやめちまえ!!!

 

ある日大事な試合でPK戦に突入しました。

PK戦は外してはいけないプレッシャーがすごいのです。

挙手制でキッカーの順番を決めようとしたのですが、僕らは躊躇していました。

 

一番手のキッカーは特に重要で緊張します。

 

一瞬躊躇した僕らを見て、鬼軍曹はブチ切れました。

 

「PKを自分から蹴られへん奴なんざ、サッカーなんてやめちまえ!!!」

 

当時は怒鳴られて皆が一斉に手を挙げ、僕は結局、4番か5番目に蹴りました。

一番手はボスでした。

 

不思議なことに鬼軍曹から“勝て”という指示をあまり聞いたことがありません。

誰よりも僕らに勝ってほしいと願っていたでしょう。

 

小学6年生の最後の県大会の試合前に大学生コーチ(鬼軍曹の教え子で僕らのOBになります)がレギュラーメンバーセンターバックにリスクを抑えるようにと指示を出しました。

それを聞いた鬼軍曹は「変なプレッシャーあたえんな、楽しむことが大事や!」と大学生コーチを一喝しました。

鬼軍曹の存在自体が一番プレッシャーだったことは置いといて、

鬼軍曹の優しさというか、そういうものを感じましたね。

 

勝ち負けも大事ですが一生懸命することが何よりも大切だということでしょう。

小学校時代は大きな大会で結果を残すことは出来ませんでしたが、

鬼軍曹から“意思、気持ちの強さ”を学びました。

いや、体に叩き込まれました。

 

繰り返しになりますが、「PKを自分から蹴られへん奴なんざ、サッカーなんてやめちまえ!!!」は僕の人生に大きな影響を与えています。

人生全てに通じる気がします。

 

勝負するからには自分で決めてやる、という気持ちが大事であること。

自分の意思がないと、やる意味がないという。

 

僕は、高校、大学時代は試合中のPKは全て自分が蹴りました。

PK合戦は全て1番手でした。

 

サッカー協会でも、鬼軍曹は暴れん坊キャラを通している話を聞いて、

相手によって態度を変えない姿勢には憧れますね。

 

僕はサッカーが上手いです。

友達同士でするサッカーでは能力を存分に発揮できるのですが、サッカーチームでの試合では実力の半分程度しか発揮できてなかったのではないでしょうか?

気持ちが弱く、コーチに怒られないようとプレーするので萎縮していました。

 

体が小さく、ボールは飛ばないし、体をぶつけると吹き飛ばされてしまうこともあり、

気持ちの面で負けていました。

それでも、強豪チームのレギュラーでしたから、相当サッカーセンスはありました。

まぁ、空き時間は全てサッカーに費やすぐらいサッカーに熱中したので、練習もしましたけどね。

今もですが、あの頃も本当に楽しかったですね。

 

怪我からのサンタクロース

 

小学校時代のみ、足首の怪我にもよく泣かされました。

靭帯損傷という全治2ヵ月程度の怪我を2回くらい経験しました。

クリスマスにドラゴンボールに出てくるセンズ(怪我がすぐ治る豆)を

サンタさんに本気でお願いしたことがります。

小学校4年生までサンタクロースの存在を本気で信じていましたから。

 

結局、小型のエアホッケーセットとサッカー用のハーフパンツが届きましたが・・・。

 

僕の場合はたまたまサッカーでしたが

 

サッカーチームのメンバーは仲が良く、今でも一緒に遊ぶ仲間です。

知り合いのこどもさんが、勉強を理由に、

好きなサッカーや野球を辞めさせられる話を聞くと考えさせられます。

 

生活の一部になるくらい本気で打ち込んだことからは、友達を含めたくさんのことが学べます。

 

僕はいまだにサッカーをすると、色々なストレスから解放されます。

サッカーを通じてたくさんの友達ができました。

サッカー選手にはなれませんでしたが、

サッカー選手になることよりも大切なことをサッカーから学びました。

 

もちろん、サッカー選手を尊敬しています。

サッカーとは、暴力と科学と芸術を必要とするスポーツです。

サッカー選手はファイターであり、サイエンティストであり、アーティストであると信じています。

 

父兄同士もすごく仲が良く、いい環境でした。

鬼軍曹も父兄にはすごく優しく、というかこっちが本来の鬼軍曹の姿のような気がします。

こんな感じで小学校時代を過ごし、地元の公立中学に進学しました。

サッカーの試合では萎縮はするものの、学校生活は楽しかったですし、

好きなサッカーをずっとしていました。