higolog

肥後が常日頃考えていることをここで表現します。

絶対評価でモノゴトを考えてみた結果、ネガティブ感情が軽減した話。

僕は日頃から自分に自信を持つべきだといっていますが、

僕も分野によっては自信が持てなかった経験は勿論あります。

 

*自信のつけ方は過去ログを参照してください。

higolog.hatenablog.com

 

人間としての自信は記憶にある限り揺らいだことがありませんが(笑)

 

自分が自信のあるモノとしての考え方

ひとつはサッカーです。

僕は子どもの頃からサッカーをやっており、正直かなり上手です。

 

こどもの頃の僕は体が小さくパワーがありませんでした。特に雨の日の試合では、全く活躍できませんでした。雨が降った後のぬかるんだグランドだと、ボールが遠くに飛ばせませんでした。

 

ある試合で、後半の途中から出場し後半(試合が終わるまで)に交代させられたことがあります。

 

この出来事(僕にとっては事件)は衝撃でした。本気でサッカー選手を目標にサッカーに取り組んでいましたが、このとき心の奥でプロサッカー選手を諦めました。

コンディションを言い訳にはできない、厳しいプロの世界です。ピッチコンディションが良ければ僕のパフォーマンスは通用するかもしれませんが、それではプロは無理だと悟りました。

 

プロは無理だと諦めましたが、大学も体育会でサッカーを続け社会人でもサッカーを楽しんでいます。アメリカ留学中の孤独に打ち勝つために(自分を鼓舞するために)、サッカーの入場シーンをイメージしながら気分を盛り上げました。

 

アメリカ留学の一年目を終え、満身創痍で一時帰国したときに彼女から別れを告げられたときも、慣れ親しんだ堤防でボールを蹴って気分を紛らわせました(笑)

 

前回のブログで述べたように、夢を実現できた場合よりも、実現できなかった事実から、より多くのことを得た”と胸をはって言えます。

higolog.hatenablog.com

 

勝利への意思、気持ち・熱意の大切さ、基礎の重要性、サッカーを通じた友人、etc…

 

二つ目は、英語に関する能力です。

僕の英語の発音は最低レベルです(笑)

 

英語が話せない人からすると、英語が話せるだけで「すごい」となります。

英語が話せる人からすると、英語を話せることは当然で、すごくもなんともないのです。

 

海外で就活をしたときは、日系企業でも英語の面接でした。あろうことか、面接の場面でも発音や言い方を気にする自分がいました。英語はあくまでも道具で、意思疎通するための道具に過ぎないにも関わらず。

 

そんな僕が英語の面接でいいコミュニケーションがとれないのは当然です。

小さいときからずっと音痴と言われてきたので意識してしまいます。

カラオケは音痴キャラで通せますが、仕事になると割り切れませんでした。

カッコよく見られたい自分がいます。

 

ふとしたきっかけ

ある日、アメリカ留学時代の友人(同い年の先輩)に

「肥後くんはよく英語力ゼロからのスタートでアメリカ生活を乗り切ったよなぁ」

と感心されたことがあります。

 

この一言は僕をかなり救いました。

相対評価ではなく絶対評価を大切にすることで自信が持てました。

 

ちなみにその友人はアメリカ留学前の日本にいるときから、

英語が聞けて話せるという才能の持ち主です。 

しかも、運動神経抜群、論理的思考、行動力、実家は自営業で裕福、相手を思いやる心、顔がゴリラらであることを除けばMr.パーフェクトなのです。

そんな彼も前職の職場でのオーバーワーグがたたりダウンした過去があります。それを機に彼は超大手企業から外資の超超大手企業に転職します。本当に日系企業は惜しい人材を失ったと痛感します。

 

彼はスーパーマンです。いや、スーパーゴリラです。

彼の何気ない一言で英語の発音に対するネガティヴな感情はかなり軽減しました。

 

そんな彼が、僕に「肥後くんは今のままぶれずに死ぬまで肥後くんを貫いてほしい」と言ってくれます。